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北森ペット病院

2012年5月24日 (木)

バスの事故で・・・思う

先だって高速でのバスの事故、悲惨でしたね。

低料金で、安全の確保が可能であればいいけど、長距離バスで運転士が一人という、リスク管理が安易な上での低価格・・・さもありなんですね。

さて、わが業界、

現在、犬のフィラリア、狂犬病の予防の真っ只中ですが、料金の問い合わせが最も増える恒例のシーズンでもあります。

予防薬、ワクチン、ドック検診、去勢避妊手術・・・・当院ではそれ以外の手術も増えているので、それに伴う手術・入院費の見積もり依頼などが問い合わせの多くを占めます。

料金の質問をすること自体はまったく問題ないのですが、『他院はもっと安かった』とか文句?を言われることも・・・・・・・・なるべく低料金で!・・・・が飼主の心情なのでしょうが・・・・・・・診療の合間をぬって詳しく説明もできないのが現状です。

今回は、そういうわけで、(日夜がんばっている獣医師達を代表する気になって)、料金に関するボヤキを少々書きます。

(大前提として、統一的な価格は独禁法に触れるという認識は常識ですね)

決して、高額だから良い医療というわけではありません。しかし、動物病院というのは、常に成長しなくてはいけない高度なサービス業です。そのような観点から言えば、あまりに安い料金というのは疑問ですし、安全の確保という側面からも大いに問題ありです。

●手術・入院の料金

高度で、できる限り安全な手術を遂行するためには、より高価な医療機器、より先進の高額な麻酔技術、そして獣医師の関わる人数が重要になります。明らかに標準以下の設備の病院よりも、より高度な設備で行う手術が高額になるのは当たり前です。当院は必ず2人の獣医師がいないと手術はしませんが(だって、手術中、一人が倒れたらどうするのでしょうか?)、より多くの獣医師が関わるようにサポートされた手術は、同じ手術でも高額になります。

入院費も、ベテラン獣医師が数人泊り込んで状況をモニターしながらサポートできる施設と、テナントのような施設でサポート体制が組めない施設では、そもそも料金設定に差が出るのも当然です(たまに大病院で研修生使って安くするところもありますが・・・)。

●ワクチン料金

ワクチンは、いかにより安全性の高いものを選ぶか・・・・獣医師が、学会、製薬会社とのつながり、研究者とのつながりを利用して、その情報を如何に得るかが重要で、当然、料金設定にそれらが反映されます。薬の卸問屋が、安いからコレまとめて買ってよ~ってものを買って安く接種しているようでは、あまりに安易ですよね。10年前くらいに、小児科の一部の先生が、インフルエンザワクチンのより安全性が高いと思われるものを他院よりも高額の設定で接種していましたが(卸売りの価格が高いので当然接種料金は高くなります)、当然です。

●ドック検診

数年前からの傾向ですが、ドックに使用する機械を病院で持たずに、全て採血サンプルを外注に出して(検査機関に出して)検診を行うやり方が、一部で流行しています。実は、これは人間の病院のやり方と同じなのですが、私はあまり感心しません。

外注も院内検査も実は多くは同じ機械を使用しているのですが、(要は自分で機械を購入して自分で検査するか、他社・他人に検査してもらうかの差)、自身で検査するのって、経験値として臨床医の財産になります。ま、病院の経営上様々な考えがありますでしょうが、料金設定は、外注した場合は安く、院内検査が高くなるのは当然ですよね(他人ではなく、担当医自らが判断するわけですからね)。

●フィラリア・ノミダニ予防薬

私は、フィラリア予防薬の料金設定で、病院が選択されているとは思わないのですが、どうなのでしょうか・・・。神の見えざる手・・・・と言いますが、手術や入院費やドック検査費などとは違い、フィラリア予防薬の価格は、まさにソレですね。安いところから高いところまで正規分布をとるように色々価格設定がなされます。

問い合わせで、『●●病院はもっと安かったわよ!』なんて叱られることがあるのですが、

(なんでしかられるのかよくわかりませんが)

『ゴメンナさいね。うちの方針なんです』といいながら、昔、学校で習ったよね~アダムスミス・・・・・って心で思ってしまいますね。そりゃね、医療機器買わなくて良いのならば、幾らでも安くできまっせ。フィラリア薬や処方食を安いネットで買う方がいますが、物売りに儲けさせても、結局、あなたの病院の(街の)獣医医療水準は上がりませんよね。

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で、はじめにもどりますが、やはり、バスの事故は教訓だと思いませんかね?

アダムスミスと、あなたの病院のここ数年の進歩、安全とは何か・・・・病院の料金は、そこから考えてみましょうね。

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色々な病院の例えばワクチンの価格を比較してブログとかで書く人がいますが、止めた方が良いですね~。理由は上記の通り。獣医療行為は、高度な技術です。料金が実際何を反映しているのか、飼主には全てを把握するのは無理だと思います。料金の並列的な書き方は、かなり獣医療を冒涜していると思います。

ちなみに、何年もかかりつけて、やっぱり納得がいかない料金だった場合には、転院が一番いいですね。納得なくして、医療はありえません。なにせ、死亡率100%ですからね。納得が重要です。

2012年5月10日 (木)

自然の脅威

2_2

竜巻の映像、衝撃的でしたね。

わが街茂原でも、歴史的な竜巻があったそうですが、幸いなことに、当時は学生で、他県にいました。

当院の近くが大被害にあったそうですが、

データによれば、県内のある地点が竜巻被害域に入るのに要する期間は千葉県で11000年だそうですから、(東京は7700年で最も短い、つまり発生率が高い)

生きている間は二度とないでしょうね。

それよりも私が怖いのは、雷!

福島の方にはもうしわけありませんが、原発の無い国と、雷の無い国だったら、原発が1km程度以内にあっても雷が無い国を選びたいです。

それくらい恐怖です。

たまに、犬で、雷を怖がる子がいて、安定剤を処方しますが、えええ、私も、(なんちゃっですが)安定剤なくしては雷がのりきれないことがあります(ある種の市販薬◯◯は、少し高濃度飲むと眠気が出て恐怖感がなくなります。この効果を改良し●●薬は2000年代爆発的に売れましたね)。夜の雷は、家の中でも怖いです(あああ自営業でよかった)。

私の愛車は、内側がプラスチック制ではなく鉄板なんですが、これって、雷おちても大丈夫なんですよね? 車の会社に数回聞いたんですが・・・回答がない・・・。

誰か教えて

2012年5月 2日 (水)

3番目に大事なもの

キヨシロウが死んで3年か・・・・・生きていたら再び原発の歌を歌っただろうか・・・・・・・・脱原発は政治的で、讃原発は科学的で、原発を笑い飛ばすのが芸術的だと思うけど(高橋源一郎さんの恋する原発のように)、ロッカーのキヨシロウは、こうなっても、やっぱり政治的だったのだろうね~。

キヨシローさんの曲に、30年前に聴いた、40年前の『3番目に大事なもの』があります。

一番大事なものは、自分なのよ

その次に大事なものは、勉強で

三番目に大事なものは、恋人よ

高校生の男性が、恋人の高校生の女性の気持ちになって、『どーせ、おれっちなんて三番目だろう~』って、すねる歌です。恐ろしいことに、最後のフレーズで、キヨシロウは、その女性になって『三番目に大事なものは、あなたよ』 と歌っています。気色悪い。

http://www.youtube.com/watch?v=yrdWYq3fhyg

ちなみに、この曲。当時は少なくとも私の周りでは、高校生の恋人がいるロック少年が・・・・・今と違って恋人がいる高校生って希少だったなああああ・・・・・・好んでました。完全に、男と女の立場をわざと替えて聴いてましたね。女なんて3番目じゃけーの!ッテナ感じね!

さて、震災・原発パニック後の昨年夏に、NKHの某音楽番組を見ていたら、同系統のさらに気色の悪い名曲に出合ってしまいました。

Not yet 波乗りカキ氷

波乗り

カキ氷

あなたの好きなもの

3つ目には私を好きになってね

男が女性の気持ちになって書いた歌詞ですが、いまどきこんな女性いるんですかね?数十万枚売れたそうで、NHKの視聴者ランキングでもTOPの方でしたが、買った方は、多分男性で、決してサーファーじゃないような・・・・。インドア派で、こんなシチュエーションにあこがれているというところでしょうか・・・。波乗り=津波、カキ氷=溶ける・・・・メルトダウンで、私には、販売時期、曲のイメージ、販売ターゲット層といいい・・・・不気味でした。名曲ですけどね。

http://www.youtube.com/watch?v=ZS-6XP8AQ5g

震災後のキヨシローの3番目までが聴きたかったっす。

2012年4月11日 (水)

ジレンマ

録画していたNHKの若手論客の討論番組・日本のジレンマ2を見ました。

面白かったです。

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柳田國男さん - 吉本隆明さん - 宮台真ニさんと、私が勝手に定義づけしている街に出る思想家の系譜の継承者、宇野常寛さん、面白かったです。仮想現実から拡張現実へ、ウイークタイで繫がる社会というイメージは、現代を感じさせてくれました。

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與那覇 潤さん・・・・知らない人でしたが、ファンになりました。早速、著書も購入しました。進路選択のときに、獣医師になるか、歴史家(博物館の研究者にあこがれてました)になるか、悩んだくらい歴史好きなのですが、私には、阿部きんやさん以来の衝撃でした。やはり、やはりプロの歴史学者の著作物って、違いますね~。

パクス・モンゴリア・・・ハーンのモンゴル帝国が、グローバリゼーション(自由貿易、通貨の制定)の基礎を築いたというのが世界基準の歴史認識であるとか、近代西欧思想は、その源流を中国『宋』時代に求めることができるとか、なぜ後進地域ヨーロッパが先進国『宋』を奇跡的に追い抜いて産業革命を起こせたか!・・・などが、歴史学のプロの今の研究課題のようです。専門家の本は、坂の上の雲のような小説とは違いますね。

(そういえば、20年前の日本では、パックス・ジャポニカかの時代だって、桝添さん達がTVで散々話してたけど・・・・稚拙だったな。)

歴史好きと言うと、すぐに明治維新の話をふられる40代ですが、私は、維新は嫌いです。死馬遼太郎さんの脚色ストーリーは素敵です。しかし、現実は、主役の尊王派が、当時の天皇の意思を(開国には反対)無視して開国に踏み切り、その後、竜馬さんの案でしょうか、各国(各地域)の武家の実務家を、政府の官僚にそのままスライドさせ政府を機能させます(そういう意味では竜馬さんは凄いですね)。與那覇さんの本では、時の老中・阿部さんが、天皇に開国の許可を求めるのですが、天皇は反対なわけで、そこから尊王の動きが活発になります。でも、よく考えたたら、おかしいですよね。結局、開国するんですからね・・・と言うことです。まあ、いいですが・・・。

与那覇さんの本に、アナーキー・インザ・ヨウメイと言う項目があります。ヨウメイは陽明学のヨウメイですが、明らかにピストルズのアナーキー・インザ・ユウケイ(UK)のパロディです。真面目そうでお茶目な若き研究者。要注意人物です。

討論番組での、『日本人は、共感を高めることは得意ですが、広げることは苦手です』という発言、心に残りました。

(それにしても、与那覇さんといい、注目されている内田樹さん、宮台さんもそうですが、思想家・評論家って映画好きですよね。そう言えば、知っている限りの医学系研究者でも、凄い人って映画好きですよね。30歳まで、映画のえの字もみたことがなかった私にとっては、少々不思議です。アスモの映画館、なくなるらしい・・・ですね。)

2012年4月 9日 (月)

縫いぐるみ・おもちゃ

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この業界にいて、この業界にいたからこそ、得したな・・・・と思えることは、そうそう無いのですが、数少ない『得』が最近ありました。

ダニのぬいぐるみをもらったんですよね・・・・・・。なかなかないですよね・・・。そういえば以前に、ノミのおもちゃをもらった事もありましたね。

業界さまさまですね。

(どーだ、いいだろぉ!

2012年4月 2日 (月)

新年度スターーート!の曲

平成24年度が始まります。

新年度が始まると、故郷から遠く離れた北海道へ行った、大学入学時のことを、あれこれ思い出します。25年以上前のことです。

当時は、ロックバンドを体験するにはレコード(メジャーバンドはレコード、インディーズはソノシート)と、ライブ(インディーズはギグって言ってました)しかなかった時代から、ようやく映像の時代へ移り変わろうとしてた時代でした。

ロッカーはメジャーでもTVには出演しませんでしたし、映像をみるためのビデオ再生機器も存在しなかった私の10代の時代から、メジャーロックバンドのPVがTVの専門音楽番組でようやく流れる時代へ移り変わろうとしていた(ビデオ再生機の出現はまだ数年後)のが当時です。

しかし、私のフェイバレットなバンドは、インディースが多く、結局、PVの音楽番組も音楽を聴くというよりは、テクニックを中心に観ていました。

ただ、当時、TVで散々流れて鮮明に覚えているの曲に、ARBのafter 1945があります。ARBは、今は俳優の石橋稜さんがボーカルだった博多メンタイビートバンドです。

- after 1945 -

人はみんな 古いコートをひきずり 孤独のふちを 背中丸め歩いていく

after 1945 俺達は生まれ

狭い街かどで、出会った

・・・・・・・・・・・・・・・

今の今の今が 通りすぎていく 昔胸躍らせた地図も破れていく

after 1945 俺達は生まれ

狭い街かどで出会った

・・・・・・・・・・・・・・・・

揺れる 1985 過去は過去のもの 手を伸ばしてみる 夜明けに

広島から北海道へ、いろんなものを置いて、捨てて、出発しようとしていた頃、そして不安と期待でいっぱいだったあの頃に、私を支えてくれた名曲です。当時好きだった作家・開高健の45年以降人類は世紀末なんだという言葉と、当時の私の人生の岐路、そして故郷原爆の広島・・・・・この時期・・・・・4月になると、未だに聴きたくなります。

ただ、当時から、ロックの限界って、この辺かな~って思っていたことがあります。

うまく言えませんが、この曲は、個人の孤独感を、1945年という大きな物語と対比させて、人間の悲しさや苛立ちやちっぽけさを表していると思います。

しかし、日本ロックは、大きな物語の方は、直接対峙して表現できないんじゃないか・・・・と当時感じていました。この曲が美しいと思えば思うほど、その感情は強くなりました。

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さて、2012年現在

昨年の震災、放射線問題以降、新しいロックの作品は出ていません。文学者や評論家、詩人のシンポジウム等を聞くと、彼らは、彼らの中から、新しい表現が出現することにとても楽観的のようですが、ロックはどうなんでしょうかね?

遼さん、俳優業は少々休んで、after 2011で、2011年に直接向き合った歌を届けてくれれれれれ!

(ラップの人はどうなんでしょうか?ラップって、言葉の選択に縛りがないので、案外、大きな物語も表現できるかもしれませんね。ロックは言葉に選択がありますからね、だって、例えば、コカコーラ・・・って言った時に、ロックじゃ絶対に曲にはできないですからね・・・・・・。)

ARB after 1945

松田優作さんの追悼番組で遼さんが歌ったバージョンです。音量を上げて聴いてみましょう!

テロップに地震情報が出るのにはまいりました。演奏は、日本が世界に誇るドラマー・ポンタさんと、ベーシスト・バカボン鈴木さんです。

なけるぜ!

http://www.youtube.com/watch?v=_agCtxkNBq8

(稜さんは、時々語尾の音程を少し上げます。これに対し吉川こうじさんは下げます。歌い方って面白いですね)

2012年3月17日 (土)

卒業のうた

先だって、卒業式を終えて会場から出てくる学生達を見ました(高校生かな?)。

卒業式に遭遇すると、青年期の色々な事を思い出します。友人、知人、●人、敵、味方、怖い奴、尊敬していた、そして嫌だった先生、先輩、後輩、・・・・・学校は、社会に出るための訓練だったとあらためて思いますね。他人との距離感を学ぶにはとても良いところです。

さて

日本では卒業に関わるポップソングって、作られ続けています。多分海外ではそんなことはないと思います。

・ユーミン   :  卒業写真 1975年  :  視点は卒業後の女。学生時代と現状を、恋人を媒介として対比させる歌

・森田公一 : 青春時代 1976年  : 視点は卒業前の男生徒。卒業後の不安感・・・大学生のモラトリアムを歌ったものですね。

・海援隊   : 贈る言葉  1979年 : 視点は卒業を経験した先生。先生が卒業生に贈るの歌。

大体この頃までは、個人の視点で、卒業を人生の一部の通過儀礼として歌ったものが多いような気がしますね。

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・倉田まり子:グラジュエーション1979年 :視点は卒業する生徒。 『友達』という言葉は出てきますが、あくまで登場人物は一人の歌。 

松田聖子 : 制服 1982年     :視点は卒業する女生徒。 松本隆さん作詞の恋愛ソング。都会に旅立つ男と、故郷 に残る女・・・しかし、女はその気持ちを男に打ち明けていない・・・という鉄板のパターン。名曲ですね。聖子さんは近年この曲を、半音下げて歌ってます。

・柏原芳江 : 春なのに 1983年  :視点は卒業する女生徒。中島みゆきさん作詞の恋愛ソング。都会に旅立つ男と、故郷に残る女。鉄板のパターンです。

・斉藤由紀 : 卒業 1985年     : 。松本隆さん作詞の恋愛ソング。都会に旅立つ男と、故郷に残る女。1982年の『制服』と違うのは、女は恋人。『制服は』、卒業という歌詞で始まり、『卒業』は制服という歌詞で始まります。

・菊池桃子 : 卒業 1985年      : 視点は卒業する女生徒。秋元康作詞の恋愛ソング。

卒業=別れ・・・しかも男女の・・・・となった歌謡曲全盛の時代です。卒業と恋愛(初恋、遠距離恋愛)というパターンが確立された時代ですね。学校が分かれる、住む街が離れる・・・色々なパターンがあるとおもいます。当時は歌謡曲には興味がなく、資料として聴いていました。海外にもあるんでしょうかね、このようなタイプの曲?

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・尾崎豊   : 卒業 1985年     : 視点は管理教育に抗う生徒達。尾崎さんは同世代なんですが、聴いたことないんですよね。社会人になって、昔バンドをやっていたと言うと、大体『尾崎って聴いてた?やっぱ、いいよね?』って年配者に問われたものですが、実は、当時、ロックをやっている奴で、尾崎さんを聴いている者は皆無でした。どちらかというと、彼は歌謡曲の系譜と思われていました。尾崎的な奴は、もう既にバンドやっていたので、聴かない・・・・しかし、尾崎さんは、ロックになじみのない少年や学生や社会人に、ロック的なものを吹き込んだんだと思います。いずれにしても、卒業という言葉を違ったイメージで歌にした功績は大きいと思います。

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おニャン子クラブ : じゃあね 1986年視点は卒業する友人達で、明るいパターンの曲。秋元康さん作詞。

・ロメオメロン : 3月9日 2004年 : 視点は卒業する恋人。1980年代と違って、別れじゃなくて絆をうたったもの。もしかしたら恋人じゃなくて親友のイメージでも良いかも

・エグザイル : 道    2007年 : 視点は卒業する恋人。1980年代と違って、別れじゃなくて絆をうたったもの。もしかしたら恋人じゃなくて親友のイメージでも良いかも。

森山直太郎    : さくら   2003年: 視点は卒業する友人達で、悲しいパターンの曲

AKB48     :Give Me 5 2012年視点は卒業する友人達で、明るいパターンの曲。秋元康さん作詞。イエモンのSO Youngは最後に1回タイトルコールがあるが、この曲は最初の1回。普通の歌詞だけど、『ハイタッチしよう』という部分が動詞で、2人以上いないと成立しないシチュエーションを想像させてくれるところが秀逸。『友よそれぞれの道進むだけだ!』の箇所のす・す・むの二番目の『す』の歌い方がロックですね。http://www.youtube.com/watch?feature=fvwp&v=0cqOfa-8jrg&NR=1

↑ベースの子は、昔弾いたことあるのかな?唯一、エア演奏じゃないような気がしますが。

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並べると、卒業に、個人的なもの、恋人との別れ、友達との別れを重ねる、パターンの変化が見て取れますね。尾崎さんはやはり、異質ですが。

学生時代、ビバリーヒルズ青春白書(だったかな)を観て、米国の高校生の卒業はなんて明るくてかっこいいんだろう~と感じたことがあります。金持ちの白人のプライベイトスクールだけかもしれませんが・・・。卒業ソングを色々思い出して書きましたが、明るい卒業式には、AKB以外は似合いません。はやり秋元さんって独特、すごいね~。

もう一度くらい、卒業式を体験したいと思っています(リタイアしたらもう一度大学に行きたいですね)。

2012年3月16日 (金)

吉本隆明死す

戦後最大の・・・・と形容されることが最も多い、思想家・評論家・詩人の吉本隆明さんが亡くなられましたね(娘は吉本ばなな氏)。

多感な時分に、どのような人・本と出会うかは、その後の人生における考え方をかなり左右すると思いますが、高校生の頃、刹那的でアホだった私に、考えることを教えてくれたのが吉本さんの本でしたね。

『言語にとって美とは何か』『共同幻想論』『心的現象論序説』・・・・

おどろおどろしい題の本を、99%理解できませんでしたが、高校生のときに一応読み通したのは自信になりました。その後、ライトな『反核異論』『マスイメージ論』『音楽機械論』ですっかり虜になりました。

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中島みゆき、RCサクセション、そして、遠藤ミチロウ(スターリン)を高く評価したのも吉本さんでした。

価値観が構築できていない時期に興味を惹かれたものって、いったい、それが本当に意味のあるものかどうかなんて分からない・・・・・・

吉本さんに出会う前に、既にミチロウ氏の毒牙にかかっていた私ですが、彼の詞が、文学的に語るに値するものかどうか・・・・なんて分からなかったのですが、『マザー』という雑誌にミチロウと吉本さんの対談を発見したときには、『やっぱ、ミチロウすげーぜ!』って思ったものです。その後、コピーライターの糸井さんとか、演出家の蜷川さんのミチロウ好きを知って、さらに彼にのめりこみましたね。今や世界の蜷川ですが、彼は、当時、昼はミチロウ、夜はモーツアルトを聴いているっていってたな~。

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1984年に出版されたミチロウさんとの対談本『バターになりたい』で、吉本さんは

サブ・カルチャーは、カルチャーと違って、何をどうするのか(したいのか)・・・という『当為』を含む。だから、サブカルチャーは、カルチャーと違って、過激であり、支配者そのものとぶつかることがある。

と言っています。当時、相当感動した文でした・・・・・

が、

今や、クールジャパンで、政府がアニメを売り込む時代ですからね・・・・サブカルチャーが墜落したのか、支配者と大衆の関係が崩壊しているからなのか分からないけど・・・・・・。

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最後に、高校生のときに好きだった、吉本さんの詩です

題 : その秋のために

ぼくを気安い隣人と考えている働き人よ

ぼくはきみたちに近親憎悪を感じているのだ

ぼくは秩序の敵であるとおなじにきみたちの敵だ

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ぼくはきみたちの標本箱のなかで死ぬわけにはいかない

ぼくは同胞のあひだで苦しい孤立をつづける

ぼくのあいする同胞とそのみじめな忍従の遺伝よ

ぼくを温愛でねむらせようとしても無駄だ

きみたちのすべて肯定をもとめても無駄だ

ぼくは拒絶された思想としてその意味のために生きよう

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何か新しい価値観を探していた高校生の私の心を揺さぶった詞です。

同じ組織の中、家族、いわんや世間との距離感を教えてくれた詞です。対立を煽るのではなく、根源的に、とにかく自分で考えろ!人の考えに頼るな!、それが仲間でも・・・・ということを教えてくれました。

大きな学会で、著明な先生に食ってかかる時に、頭の中でこの詩が鳴ってます。

インターネットの時代になって、質に関わらず、あらゆる情報が、蔓延する時代だからこそ、再び立ち上がる詞だと思います。

ちったー自分で考えろ!ってね・・・。

吉本さんに出合って良かったと思います。

合掌

2012年3月 3日 (土)

プリプリ

プリンセス・プリンセス(プリプリ)が、16年ぶりに再結成するそうです(震災チャリティー?)。

プリンセス・プリンセスといえば、本田美奈子のone way generationと出だしが区別しずらい、Diamondという曲で有名なバンドです。

彼女たちの曲にはまったく興味の無い私ですが、プリプリのドラマーが好きで、PVやライブ映像は良く見てました。当時は、ガールズバンドということで、Show-Yaとよく比較されていました。テクニックはドラマーも含め多分Show-Yaが上だと思うのですが、CDやPV映像は、えてして影武者が演奏しているので、本当のところはわかりません。

当時女性短距離陸上界では、アシュフォードからジョイナーへの世代交代がありましたが、アシュフォードの女性特有の前傾のスタイルと、ジョイナーの男性顔負けのどっしりとした走りの対比が、彼女たちの違い(アシュフォードがプリプリ)に重なって見えました。Show-Yaのドラマーは男勝りで、プリプリはいかにも女性ドラマーの叩き方でした。スネアを叩く時のスティックの振り下ろす角度が素敵でした。

それはさておき、ロックバンドの再結成の話はよくありますが、大体期待をはずされます。

どうして、再結成後、以前と同じアレンジで、同じ歌詞で、演奏するのか意味不明です。歌詞の一部くらい変えても、リズムや曲のスピードや・・・・何か新しくなった曲を聴かせて欲しいものです。

曲の入りを、ピアノでクラッシクっぽく甘ったるくして、再結成のためにアレンジを変えて・・・・なんてベタな方法も、まあギリギリセーフでしょうが、とにかく、一曲入魂のバンドマンとして、その時代にあった解釈で勝負して欲しっすね。せっかく再結成したのならば。

解釈といえば、先だって、ベートーベンの5番を4人の指揮者で聴いて見ました。

●朝 起きて・・・・・・

パーボ・ヤービー指揮。ドイツ·カンマーフィル(N響アワーで録画)。 ライトで疾走感のある5番です。朝一に聴くにはピッタリです。はじめて聴いたときは何これ?って思いましたが。

●昼食前・11時半・・・・・・・・・

カルロス・クライバー指揮。ウィーン・フィル。スタンダードな5番。聞き流せる感覚が良いですね。昼食前にピッタリです。私の5番の解釈は、この曲との対比できまります。

●お昼2時半

ブルーノ・ワルター指揮。コロンビア・シンフォニー・オーケストラ。ゆら~りとした5番。透明感はピカイチですね。これを3時すぎに聴いちゃうと眠くなります。高校2年生の土曜日の2時半に聴くと最高だと思いますね。

●深夜1時

ウィルフェルム・フルトベングラー指揮。ベルリン・フィル。深刻で、怖い怖い怖い5番です。時代ですね。時代!

クラシックは、作曲者と、演奏者が異なります。ベートーベンが生きていたら、どう思うのか、聞いて見たいですね。

2012年2月28日 (火)

お笑いととAKBと朝まで生テレビ

20数年ぶりに、朝まで生テレビを見ました。昨年末NHKで放送された若手論客による討論を見て何人かのファンになったのですが、今回、朝生にそのうちの数人が出演すると知ったからです。このTVプログラムは、出演者の選択がラディカルで、20年前は、あのオウムの教祖も出演していました(ビデオを録っていたのですが紛失、残念?)。

ところで、私は、24歳~43歳くらいまで、TVを見たことが殆んどありませんでした(TVを持っていませんでした)。子供が生まれてTVを購入して、しょうがなく(いや、結構楽しんで?)TVを見るようになりましたが、TVのブラウン管の向こうで行われている事が、20数年前と今ではなんだか明らかに違うな~と、この数年(TVを見始めて数年になります)、ずーーーーーと感じてました。

それが今回の朝生で、ちょっとわかった気がしました。

多くの若い論客は、意外と、『そこ同意、そこ同じ、そこわかる』って他人の発言に対して同調するんですよね。そういえば、NHKの討論会でもそうでした。私の知っている朝生って、発言者のバックボーンそれ自体で大きなイデオロギー対立があったので、発言そのものが理解できたとしても、『そこ同意』って感じにはならなかったような気がします。

さて、お笑い。恐ろしいほどの互助会的雰囲気になってませんでしょうか?芸能に携わる人って、こんなに他人(他の芸人)の良いところを持ち上げて芸にしてましたっけね?

そしてAKB。彼女たちはそれぞれ別々の事務所ですよね。あの仲のよさってどこからくるのでしょうか?

(多分)話題のアメトークと、AKBと、朝生の論争って、どこか同じテイストです。

ある一定以上・・・・いや・・・・ある一定以下での対立(芸の差、意見の差)が多分無いんだと思います。そして大いなる壁(ビックネーム)もほぼ老体かフレンドリーですから、皆さん、がっついてないし、草食ですよね。

その昔は、カウンターカルチャーとか、アンチテーゼとか言っていたところのカルチャー・テーゼってところが既に崩壊しているのでしょうかね?芸能でいえば、山口百恵さんとか、中森明菜さんとか、やすしさんとか、永遠にでないのでしょうかね~。

アメトーク風な、椅子取りゲームのプレイヤーがどんどん変るのを楽しみながら見させていただいているわけで、それが別に悪いわけではなくて、なんていうか、時代は変ったね。

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