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北森ペット病院

2012年2月21日 (火)

やんごとなきかたのしゅじゅつ

やんごとなきかたのしゅじゅつが終わりましたね。

医師団へのインタビューを聞いていると、マスコミは、さぞや緊張したのでは?という論調でのものが多かったようですね。

いつも思うのですが、手術(執刀)の緊張感と、スポーツ選手の例えばオリンピックの緊張感って何が違うのだろうと考えてしまいます。大体、後者のほうは、失敗を引き起こすものですが、前者では、まず緊張で失敗なんて、ありえないと思うからです。

小・中学高の頃は、これでもスポーツばかりやっていて、陸上で県大会へ行ったり(短距離やってました、カルビン・スミス命)、バレーボール(9人制ではセンターやってました。猫田さんに教わったこともあります。ザイチェフ、ロウヘイの時代です。)や、少年野球(セカンドでしたね。ドイ選手にあこがれてました。)で、市の大会の結構いいとこまでいったことがあります。

団体スポーツのほうは、緊張感はあまり覚えていませんが、陸上の方は、心臓がバクバクで、大体、練習以下の記録だった記憶があります。チッ!

スポーツでの心臓バクバクの緊張感は、どちらかというと、学会発表(研究発表)に近いのですが、

学会のほうは、私は、緊張感が良いほうに働き、聴衆が多ければ多いほど、盛り上がって話が止まらなくなります。

つまり、スポーツの緊張感は学会の緊張感に似ていますが、前者はプレイによろしくない効果を惹起し、後者は良いほうに働きます。手術は、後者に近いですが、心臓がバクバクいってアドレナリンが出る感じでもないです。

極めて困難な手術の緊張感・・・・・勿論、今回の人のスペシャルな手術と、私たちの動物の手術は比べようもないのでしょうが、体験的には、手術の緊張感は、良いほうに働くような気がします。まさに集中力が高まるような感じです。

動作の一部始終を見られる見られない、体のどこを使うか、あるいは、動作に脳がどう関わるか(反射神経がどの程度関わるか)によって、緊張感が生み出す結果ってまったく違うんだと思います。故に、緊張という言葉も、様々だと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

しかし、もし、今が明治憲法下だったら、どうだったのでしょうか?

昭和一桁の親父殿に聞くと、やはり、当時はカミサマだったそうですからね。カミサマにメスを入れるというのは、やはり、それは、緊張が・・・・・。う・・・・ん。

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インタビューを受けた医師団に、N先生という内科の先生がいらっしゃいました。20年前に、社会人になって民間の研究所に勤めていた頃、あの先生は、循環の研究分野ではスター(良い言葉が見つかりません)のような方でした。それ以前は、研究分野といえば、基礎系の人間ばかりでしたが、あの先生は、臨床家であり研究者でした。臨床家がこんな研究するんだ~っとびっくりした記憶があります。あの先生の話が聞きたくて、学会に参加していました(他のシンポジウムは無視して)。懐かしかったです。

おしまい

2012年2月13日 (月)

ラルク②

結局、ラルクの新譜買っちゃいました。

日本のロックバンドの新譜CDを発売日になんて買うのは、10年ぶりぐらいですね。ナンバーガール以来か・・・・。

さて、聴きましたが、

どうも私の頭の中のラルクのイメージではなかったですね。TVで演奏したXXXは、私の知るポジパン系ラルクだったと思ったのですが、新譜の曲は、とても爽やかでした。

そうか・・・・やはりポジパンならば20年もたないよね・・・・・なんて、自分の勘違いを妙に納得してしまいました。

Bye Bye - ラルク  - 

朝日がまぶしい見慣れた景色の向こうへ君は歩き出した

息を止めたって時はすぎる・・・声をあげて

無駄な抵抗はするきも無いけど

bye bye・・・・・曲調、アレンジが、懐かしいあの80年代を思い出させてくれます。曲が古いというわけではありません。Hydeさん、何歳か知りませんが、私たちと同じ時代をすごしたヒトでしょうか?なぜかとても懐かしいです。

世の40歳以上のおじさんたちは、ぜひ、Bye Bye聴いて、なつかしのパックスジャポニカの黄金の80年代を思い出しましょう!

(歌詞は合いませんが、ショートカットの美しい女性が、真っ赤な口紅を塗る・・・そこで、もう何にもいらない!・・・・みたいな、口紅の宣伝CMのBGMに合いそうです・・・・・・ベタですね)

ちなみに、ラルクに会えるチケットは、外れました。

(なお、ポジパンは、その後進化して、ゴズになってますね。がんばれ!ジュネ!)

2012年2月 6日 (月)

ラルク

ラルクをTVプログラム・music loversでみました。もうあのスタイルで20年やっているんですね~。2011年の曲を取り上げていたので、感心、感心。

ロック(ポップスも)は、詞(歌詞)の面から、2つに分類されます。

中島みゆきさん系と、松任谷ユミさん系です。

前者は、詞の出発が本人で、意思を表出するもの。後者は、時代や世代や社会や風景を客観的に映し出そうとするものです。

中島みゆきさんの歌に『ファイト』という曲がありますが、あれは、中島氏個人が内面に問いかけている歌詞です。コンサートでは比較的聴衆は静かに聴きます。おそらくあの曲を長渕ゴウ氏が作ると、聴衆は大盛り上がりでしょう。長渕氏はあの感情がなくても、同じような曲を大衆に提供できると思いますが、中島氏はそのような心のの立ち上がりが無いと書けない様な気がします(なので長渕氏は後者)。

松任谷さんの古い曲で『瞳を閉じて』という曲があります。私もこの曲を聴くと、遠い故郷を思い出しますが、彼女は東京のお嬢様。いや~、実体験がないのに、よくこんな曲書けるよなと感動します。

どちらのタイプが良いとか悪いとかではありません。聞き分ければ良いのだと思いますが、彼らの経時的な変化(売り上げ、歌詞の変化)を見る場合に、そのような分類をしてから、楽しむのも一興です。

多分

前者は、言うことが無くなったら引退でしょうし(ロックバンドの解散や、カート・コバーンのようなロッカーの自殺はだいたいこのパターン)、

後者は、歌詞が時代を捉えられなくなったら、売り上げ下がると思います。

さて、ラルクです。

彼らは後者に属するバンドです。私たちの若い頃で言う、マダムエドワルダーとか、サディサッズとか、アサイラムなどのバンドの系譜にのると思います。当時はポジティブ・パンクとか呼ばれていました。少しインテリな、デカダン好きの文学少年少女に支持されていましたが、世はバブルですからね、デカダン気取っても、(今と違って)、就職は引く手あまた!そりゃ、社会人になったら、肌があわなくなりまする。私も好きでしたが、大学の生物学のオドロオドロしさの方が歌詞の上をいくわけで、ハシカみたいに、一度かかって、二度と心にひっかかることはありませんでした。

ファンに、耽美的で、デカダンな王国を提供するのが、彼らの真骨頂です。

で、ラルクですが、

20年選手ですよね~。あのデカダンな歌詞で20年やるって、凄いですね。まさに失われた時代が故、なんでしょうかね?

- XXX - ラルク

Feel 愛しい ほどに ねぇ 感じる so dizzy

Feel 切ない 息を忘れるほど oh oh oh

ねえ 醒めない 夢へと沈めて my wish

ねえ いつか羽化して蝶になったら oh oh oh

Daring もう帰れない

・・・・・・・

ねえ、瞳 閉じたらきっとこれが oh oh oh

ラブソングに蝶と瞳を登場させるパターンは王道ですね。サナギから蝶への羽化と 醒めない夢のシンクロ・・・・王道っすね・・・・でも、40歳すぎるとちょっと、つらいな・・。

- stop girl - ミチロウ

激しい光のなかで

二匹の虫が目を焼いた

いまさら跳びたとうとは決して思わない。

stop girl

嫌だといっても愛してやるさ

この歌詞の虫は、きっと蛾ですよね。さなぎからKISSで蝶に変わるというラブソングよりも、圧倒的な世界に視覚を失い飛べなくなった蛾の例えのほうが、私は好きですね。

まあ、でも20年か・・・・凄いですね~。尊敬します。ぜひオヤジを感動させる耽美な歌詞をお願いします。

ちなみに、良く取り上げるミチロウ氏は、分類学上、前者に入ります。ミチロウ、タクロウ(吉田)、キヨシロウは、全て前者で、この三人を、日本の三大郎と言います。覚えておきましょう!キヨシロウは咽頭ガンで死に、タクロウは肺がん、ミチロウは胃潰瘍・・・・ロッカーよくかかる3大疾患ですのでこれも覚えておきましょう!おしまい!

2012年2月 1日 (水)

デフォルトで夢がない世代のJ(S)W

私達は、デフォルトで夢がない世代ですから・・・・。

新年早々おこわなれた、新進気鋭(20~30代)の評論家、哲学者、経済学者によるNHK教育のTV討論番組における、女性アナウンサーの発言です。もしかしたら、『夢』のところが、『希望』『未来』だったかもしれません。

私が高校時代にショックを受けた曲に次のような歌詞があります。

- マイザー - 遠藤ミチロウ

何にも思わずに ここまで来たけれど このまま許されずはずはないから

今に何か 嫌なことが 不吉ななにかが 必ずおきる

昨日届いた 手紙の中から 

象牙と唇のウソが入っていたんだぜ

黒くよどんだ 血のりの中で 

お前の幸せが みるみる萎えいでく

どうせここまで きたのだからと

ことは始まり ことは終わる

はき捨てることも あきらめることも 腐っていくことも 許されちゃいないのさ

(うううう~ん、ソラで歌詞が出てくるな・・・・・・・・・)

この歌詞をみて、嫌な感じがしたヒトは、今、(比較的)幸せな人です。だからこそ、今に何か 嫌なことが 不吉ななにかが 必ずおきるという歌詞に、気持ちが悪くなります。当時の私もそうでした。まさに、何も考えずに高校生になって、幸せなときをすごしたんですね。だから、ショックをうけたんですね。

そのフレーズをうけてそれ以下の歌詞は、私が高校生の当時想像していたその後の人生を、とてもよく表現している・・・・やっぱりそうだよねっ・・・・てな、歌詞です。人生ママならないですからね。

はき捨てることも あきらめることも 腐っていくことも 許されちゃいないのさ

ここの歌詞で、色々な人間関係を含め現実を生活者として生きなきゃいけないんだな~って、強く意識したもんです。予定調和的なばら色の未来なんて無いぜ!ってことですね。

既に中学時代に『No future for you』と笑いながら絶叫するジョニーロットンや、『No more heroes』とシニカルに歌うジャンジャックバーネルに既に脳みそをかき回された私は、ミチロウの歌で、何かが崩れ、そして何かが立ち上がりました。その何か・・・は、なかなか言葉にはできないのですが、『夢』とか『希望』とか『未来』とか言った言葉から最も離れた言葉ばかり追い続けて、今があるような気がします。

(獣医業界の未来・・・・そんなのどーでもいいよ!ボクサー心筋症の最新治見のほうが重要だぜ)

『夢』とか『希望』とか『未来』とかいうのは、為政者やマスコミの言葉で、いつだって若者や生活者には、そんなもん、関係ねーよって、思いませんか?

数日前に、私たちの少し後の世代のロッカーで、ロックをポップスにしたビートパンクバンド・JSWの再結成のTV番組を観ました。

そこで演奏されたのは、当時流行した曲でした。

- Start -J(S)W

この時が永遠に 続くかもしれない

今までも明日も 君といる

夢を見ていたね 僕も同じ夢を観た

START START これから始まる

新しい日が来た2人のSTAT

バブルで浮かれていた当時、確かにこの歌は売れました。そして私は、というと、このようなタイプの曲は、やっぱり、どうも違うんじゃないか・・・と感じてました。

今は、NHKの才色兼備の女性アナでさえ、『夢がない』って言う時代です(もしかしたら、反感を買わないように計算された発言かもしれませんが)。

今の若者は、この曲をどう思うんでしょうか?

そしてJSWは、どういう意識でこの曲を歌ったんでしょうか?

新曲歌えよ! 新曲を!

2012年1月25日 (水)

未来の生殖医療

先日書きましたが、野田聖子さんのTVプログラムは、かなりの反響があったようですね。よく観ましたか?って聴かれます。

生殖医療は、今回のTVのような卵子提供や代理母出産、もしくは、さらに洗練された医療で発展していくんでしょうね~。

前者に関しては、例えばインドなどは、商業的代理母を2010年合法化し、国策として生殖医療を行っています。

後者に関しては、どうなるんでしょうか?

クローンは、ジェネティック・エピジェネティックな遺伝子の変異を乗り越えられない様子ですし、iPSが今後生殖医療のメインストリームになるんでしょうか?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

現在iPSからは、造血幹細胞以外ならば、作ることが可能なようです。

ならば

同一固体から、卵子や精子も作れるはずです。

しからば、例えば、

●ある男性(XY)からのiPSで、

Yの精子と、Xの卵子を作って、受精させて男を作ったり、

Xの精子と、Xの卵子を作って、受精させて女性を作ったり、

●ある女性(XX)からのiPSで

Xの精子と、Xの卵子を作って、受精させて女性を作ったり、

することができるということです。

この場合は、クローンというのでしょうかね?一度iPSから生原細胞に戻すことによって、エピジェネティックな変異をリセットできれば、クローン技術と比べ、より健康な個体が誕生する可能性があります。

上記の場合は、

女性は女性しか生めませんが、男性の方は二つの性を生めるということになります。

おおおおお、男性優位じゃ~。

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と、野田聖子さんの番組で、少々気持ち悪い想像までしてしまいました。

ちなみに、日本人の死亡原因の第一位は、悪性新生物(いわゆるガン)と言われていますが、堕胎数も同程度です。しかも統計に表れない数字を入れると、堕胎数がガンによる死亡数を上回るかもしれません。要は、わが国では、受精以降をヒトと仮定した場合、堕胎による死亡が一位になる可能性があります。

2012年1月24日 (火)

ASIAN KUNG-FU GENERATION

オジサンとしては、若いロッカーの作品を聴くのは刺激的です。東京都知事は、若者の作品を刺激が無いとはき捨てていらしゃいましたが、刺激がないのもある意味刺激的で、それが時代ならば、それを感じたいですよね。若いヒトが何を考えているのかは、とても興味深いところです。

さて、数日前に、TVに出ないロッカー、ASIAN KUNG-FU GENERATIONが、『僕らの音楽』という番組にでていたので、観ました。

この番組は、音楽番組のなかで最も音が良い番組です。年末に頻繁に放送されるショウレースの歌謡や、レギュラーの歌番組にしても、ザ・ベストテンの昔から、まあ、そりゃ、ひどい音なんですが、このプログラムは、いいですね~。

(ちなみに、昨年末のエレカシのRCのカバー『ブンブンブン』は最高でした!)

それで、ASIAN KUNG-FU GENERATIONなんですが、

う~ん。曲は良かったっす。ギターはイギリスですよね~。若いロッカーも、やっぱりイギリスなんですね・・・・・。それが確認できただけでも収穫でした。間奏では日本の土着なイメージも感じられました。

ただ、歌詞は、少々・・・・・・・・。

80年代、高度な現代詩で日本のロック史に一時代を築き、うぶな私の脳髄を有無を言わさずかき回してくれたミチロウ氏を体験した私にとっては、満足はできないですね。

-  マーチングバンド - より

光れ

言葉よ

それが魂だろう

闇を照らしてどこまでも

行け

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

うううううん・・・・・・・・・・・・・・・・。

- 肉 - より

俺は言葉

俺は文字

俺は意味

俺は陳腐

あいつから言葉を奪え!

と、叫んだミチロウ氏の絶望を、私の中では、アジカンの『言葉』という概念では乗り越えることはできなかったです。

・・・・・・・・・・

私の自慢は、当時私が愛したロックバンドは、30年たっても全て健在という事なんです。本物は売れなくても死なないので、アジカンさんもぜひがんばって欲しいですね~。

ロッカーは続けなきゃ意味無いですからね・・。歳とって、音楽プロデューサーなんてならないようにすることですね。

おしまい

2012年1月21日 (土)

科学バンザイ

野田聖子さんの子供の番組を観ました。

壮絶でしたね。

壮絶というのは見た目の話で、まあ、医療機械の多さなどはその『壮絶』という言葉を飾りはしますが、やっていることは生物学ですから、あまり驚きはしませんでした。

18世紀以前は、手術をすると魂が欠ける・・・といった、今考えると馬鹿馬鹿しい考え方が主流でした。その後、デカルトの精神と肉体の二元論によって、西欧医学は爆発的な進歩をとげるわけです。主体である精神を病気から守るために、少々の肉体的欠損(肉体への負荷)はしょうがないといった外科の発展です。

(魂はこの世からその存在を消し、精神と肉体が分離して残ったわけです)

なので、私的には、皮膚のイボとるのも、野田聖子さんの子供に対する医療行為も、同じです。それが、生物学の技術体系のなかで解決できるかどうか、という問題にすぎません。勿論、医療は、獣医療と違って、公共事業で、税金が入ってますから、一人の人間に対する税金の投入がどこまで可能か・・・という問題は、イボと、聖子さんの子供とでは区別されるべきだとは思いますが、そんなことは政治家が考えればいいことです。

つまりダラダラ書いてきて、何が言いたいかというと、

野田聖子さんの話は、ここまでできる現代医療・・・・という話の一つにすぎないということで、それをTVで放映することは、人類の科学の進歩をかいま見れて、とても励みになる。そして、やはり肉体というのは、医療行為に呼応した素晴らしい自己再生力を内在していて、素晴らしいということです。

そして、たとえこの子が不幸にも短い一生になったとしても、この子の対して行われた医療行為のデータは、次の子に生かされるわけです。それは私達も同じです。

そのようにして、全ての医療行為は人類の遺産になり、アップデートを繰り返し進化していきます。

ま、無神論者の私にとっては、科学技術ってやっぱり素晴らしいってことですね。科学技術のみが、人類の共同性を担保する最終兵器ってことですね~。

2012年1月18日 (水)

音楽の再生性 つづき

年末の紅白での親子競演が話題を呼んだ松田氏ですが、3年前に、名曲『制服』を半音下げて歌う姿を見て、とても悲しかったですね~。

てなわけで、

ロック・ポップスの分野の方は、どうも、緊張感がたらないっすね。特にTVでの演奏では、安易というか、代わりばえしないというか・・・・・、いつも同じ退屈な演奏と、こなれたボーカル、時には手を抜いたパフォーマンスを見せられます。

私の好きなロッカーに、The willardのボーカル・JUNさんって方がいます。彼は、ボーカリストにも関わらずギターは無論、ドラムの細部にまで指示を出すそうで、演奏やセルフコピーの度に、ちょっとした新鮮な変化を見せてくれます。

ロックは、ドラムとギターのリフが命です。そここそが、クラッシックやジャズやカントリーと、ロックを区別する生命線です。

今はなきRCサクセションに、トランジスタ・ラジオという名曲があります。この曲の命は、ドラマー・新井田幸三さんのタイトな8ビートです。ビミョーな前のめり感が、グルーブというよりもヒリヒリする感覚を与えてくれます。

トランジスタラジオに関しては、この演奏を超える演奏はないと思います。

http://www.youtube.com/watch?v=EZOkoZDsgaM

佐野元春さんのバックバンドで有名なドラマーに、古田たかしさんという方がいます。名曲『サムデイ』のドラムはとってもメロディアスですよね~。

しかし、この方がトランジスタラジオをたたくと、変なグルーブ感がでて、私の好きなトランジスタラジオでは無くなります。

http://www.youtube.com/watch?v=ZuaIxF8x3JQ

というわけで、ロックといえども音楽ですから、演奏家によって、当たり前ですが変るものです。ロックバンドが、ヒット曲を、安易にTVで、タル~イ、どこかで聞いたことにあるこなれた演奏をする度に、イヤになるのは私だけでしょうかね?

2012年1月11日 (水)

音楽の再生性

クラッシック音楽は再生の芸術だといわれてますね~。

音楽的な考察はできないですが、同じ曲でも、演奏によってまったく迫力や荘厳さが違いますからね~。

昨年末12月31日にNHK教育で放送されたスクロヴァチェフスキ指揮・N響のベートーベン第9は、最悪でしたね。あんな、もたった第9なんて聞いたことなかったっす。食べてたカップめんがよりいっそう伸びちゃいました。ちっ・くそおー!数週間前に佐渡さんの迫力ある第9を聴いていたので、がっかりしました。しかし11月に放送されたブロムシュテッド指揮のブルックナー第7は、チョー感動しました。指揮者自身がガッツポーズしてたので、会心だったのでしょうね~。

私の感想なんかよりも、クラッシック芸術の再生の芸術論は、お偉い専門家先生が諸々語っておられますので、興味ある方は、国内では、宇野功芳、中野雄、許光俊さん達が面白いので読んでみてください。

さて

私は、ロック畑のヒトにも、少々再生の美について考えて欲しいんですね~。3分程度の時空に、命かけて欲しいですね~。せめてTVで数曲程度の演奏しかしない時は、ね・・・・。

自身の曲を演奏するときには、アレンジ変えたり、少しは実験的な演奏を見たいですし、コピーするときは、オリジナルを超える気概が欲しいです。

いつも同じビートなんてAKBだけで十分やで~。

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特に昨今不景気も手伝ってか、新譜よりも、トリビューとアルバムが流行り?みたいですが、ろくな焼き直しかありませんね~。

ここ数年で、例えば、Clash,  Damned,   Stalin,  Blue hearts, The Mods, Stra Club・・・・無無無、不満だらけじゃ~。まだ、禁忌キッズのTV番組で、アイドルや女優が、往年の名曲をコピーしたほうがオモロイです(数年前の大竹しのぶさんのRCはよかったね~。大女優さんは、何やってもかっこいいのね~)。

ロック(に加えポップス)はクラシックと違って、作曲者と演奏者が同じ事が多いので、曲に、曲(歌詞を含む)自身のイメージに加え作曲者のイメージもついて、オリジナル『曲』をオリジナルではない演奏者が乗り越えられないことがあります。

例えば、ビートルズって、だれがやっても失敗すると言われてます。その昔、国内随一のテクニックと、歌唱力を誇るバウワウがヘルタースケルターをコピーしましたが、最悪でしたよね~。単に上手だけでは、上手の手から何か零れ落ちると思います。

しかし、名曲『愛燦燦』は作曲者・小倉桂さんを超える迫力が美空ひばりさんにありますし、逆に、カレーラスの歌う『川の流れのように』は、オリジナルの美空さんを超える美しさがあると思います。演歌やフォークやクラッシックの演奏家・歌手にかかると、数分の曲でもオリジナルを超える、そして再生の美が生まれて、どーーーーーーーーして、ロック畑のヒトって、ダメなんでしょうね?少々気構えが安易なんでしょうか?

つづく

2012年1月 6日 (金)

K-POP

明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します。

昨年は、K-POPとAKBが世の中の明るい話題を独占してましたね。

1日の日経新聞の特集に、K-POPの主たるこ購買層は中高年との分析が載ってました。比較的金銭的に余裕がある層が、K-POPを支えているとの書き方でした。

私が思うに、K-POPは踊りも音楽性も、日本の80年代なんですよね。別に馬鹿にしているわけではありません。オールドではなく、クラッシックPOPなんだと思います。

(ダイハード4で、ブルースが、CCRをオールドではなくクラッシックだってITオタクに言うシーンがありましたが、そういうことです)

K-POPは購買力があるから中高年が人気を支えたのではなくて、古き良き時代の洗練された回顧性が中高年人気に火をつけたのだと思います。

AKBは凄いですね。振り付けも、曲も、今ですよね。

院長がクラッシックバレエが趣味なので、動きを解説してもらうのですが、そうとう計算されてますよね。曲によって誰にカメラを抜くかどうやら決まっているようで、多分、そこまで計算された動きなんでしょうね~。曲は、Aメロ、Bメロ、Cメロまであったり、リフがロックぽかったり、いや~勉強になるな~。song writingというよりもcomposeされたイメージですよね。作詞作曲が別人なのに、すごいっす。

でも、エブリバディ・カチューシャはちょっとおかしいですよね?

歌詞に

・カチューシャ 外しながら 長い髪をほどくように  いつのまにか大人になって

・僕の手には届かないくらい もっと好きになるよ

・Everyday, Everyday~

とありますが、『いつのまにか大人になって』『僕の手には届かないくらい』は倒置なのだと思うのですが、そのあとの『もっと好きになるよ』の部分が、曲の流れで『僕の手には届かないくらい、もっと好きになるよ』と聞こえるので、奇妙な感じになります。もしかして、そのままの流れが21世紀型の感性なのかな~と、悩んじゃいますね。

というわけで、

今年も、ブログがんばります(笑)。

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