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北森ペット病院

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2012年2月

2012年2月28日 (火)

お笑いととAKBと朝まで生テレビ

20数年ぶりに、朝まで生テレビを見ました。昨年末NHKで放送された若手論客による討論を見て何人かのファンになったのですが、今回、朝生にそのうちの数人が出演すると知ったからです。このTVプログラムは、出演者の選択がラディカルで、20年前は、あのオウムの教祖も出演していました(ビデオを録っていたのですが紛失、残念?)。

ところで、私は、24歳~43歳くらいまで、TVを見たことが殆んどありませんでした(TVを持っていませんでした)。子供が生まれてTVを購入して、しょうがなく(いや、結構楽しんで?)TVを見るようになりましたが、TVのブラウン管の向こうで行われている事が、20数年前と今ではなんだか明らかに違うな~と、この数年(TVを見始めて数年になります)、ずーーーーーと感じてました。

それが今回の朝生で、ちょっとわかった気がしました。

多くの若い論客は、意外と、『そこ同意、そこ同じ、そこわかる』って他人の発言に対して同調するんですよね。そういえば、NHKの討論会でもそうでした。私の知っている朝生って、発言者のバックボーンそれ自体で大きなイデオロギー対立があったので、発言そのものが理解できたとしても、『そこ同意』って感じにはならなかったような気がします。

さて、お笑い。恐ろしいほどの互助会的雰囲気になってませんでしょうか?芸能に携わる人って、こんなに他人(他の芸人)の良いところを持ち上げて芸にしてましたっけね?

そしてAKB。彼女たちはそれぞれ別々の事務所ですよね。あの仲のよさってどこからくるのでしょうか?

(多分)話題のアメトークと、AKBと、朝生の論争って、どこか同じテイストです。

ある一定以上・・・・いや・・・・ある一定以下での対立(芸の差、意見の差)が多分無いんだと思います。そして大いなる壁(ビックネーム)もほぼ老体かフレンドリーですから、皆さん、がっついてないし、草食ですよね。

その昔は、カウンターカルチャーとか、アンチテーゼとか言っていたところのカルチャー・テーゼってところが既に崩壊しているのでしょうかね?芸能でいえば、山口百恵さんとか、中森明菜さんとか、やすしさんとか、永遠にでないのでしょうかね~。

アメトーク風な、椅子取りゲームのプレイヤーがどんどん変るのを楽しみながら見させていただいているわけで、それが別に悪いわけではなくて、なんていうか、時代は変ったね。

2012年2月25日 (土)

ロンドン コーーーリング

今年はオリンピックイヤーですが、往年のロックファンには、競技以外に、とても話題になっていることがあります。

それは、公式CMに、The Clashのロンドンコーーーーリングが採用されたことです。

私はそれを昨年知ったのですが、いや~驚きました。

The Clashは、言わずと知れたパンクバンド。私もすっかり中学生のときに洗礼をうけてしまいました。中学2年生のときに、教室で彼らの日本公演の記事を友人と読んでいた記憶があります。

メインアクトは、ジョーストラマー。彼は、数年前に心臓発作で急死しましたが、死に方も、パンクですね。

彼は、私のぶっといズボンをスーパースリムにし、私の長髪を切らせ、レゲエが攻撃的な音楽であるということを教えてくれました。そして、ロックって生き方ってこともね(ああ、くさい!)

世界一 白いラバーソウルが似合う ジョー

http://www.youtube.com/watch?v=g4dL0lv72oM

ちなみにこの曲

ロンドンなんて退屈だ!って曲です。スリーマイル島の事故があった当時の曲なので、原子力発電所の事故も起こりそうだ!って歌詞もあります。

なんで、オリンピックのCM曲なんだか・・・・・意味不明です。

2012年2月24日 (金)

オイオイ おい!

① 

みんなが みんなが つながって
みんな だれかが すきになる

みんながつながると 
ふしぎなことが おこるかも

手をつなごう 手をつなごう 思いが通い合う
笑ってよ 笑ってよ それだけで幸せになる

例えば誰かが微笑めば 誰かが笑い出して 
そんな不思議な 連鎖反応

①は、私の子供(3歳)が好きな、NHK教育 お母さんといっしょ で流れる 『みんな誰かが好きになる』 という曲です。

②は、スターダストレビューの新曲『Magic』という曲です。

はぁあああああ、同じテイストですね。

スターダストレビューといえば、長い経歴のバンドですが、オイオイ おーい と、少々困ってしまいます。最近、このような、子供たちに聴かせたらいいだろうな~って歌詞の曲が増えました。十代の若者が青春ビートやるんじゃないんだから、もうチョコッと文学的に昇華された歌詞を考えて欲しいものです。

やっぱりね、自分がその歌詞を書いたと想像して、照れるような文章は控えて欲しいな~。分かりやすい歌詞から入って、OH~ってフレーズがあれば、また印象も違うのですが・・・・。照れるような言葉は、こちら側・・・・ようは素人サイドの言葉です。プロには、素人の言葉を乗り越えた境地の言葉を投げかけて欲しいっす。日本では極めて稀な息の長いバンドらしいバンドですので、とっても期待してます。

私のイメージだと、ロック・ポップスで、このような少々幼稚な歌詞が増えたのって、ドラゴンアッシュ以降だと思います。ドラゴンアッシュは、とても素晴らしいバンドですが、ラップの親玉ならばその辺のとこ、少々考えてほしいものです。確かに、母の愛・・・とか、直球ど真ん中ストレートな歌詞は、あの時はあの時で新鮮でしたがね・・・・・・。彼らの後に続いたラッパー見てくださいよ!ちょっと幼稚すぎませんか?おじさんたちも感動する歌詞書いてよ~。

こういう歌詞を安易に書く傾向って 

例えば

クラッシック音楽をやっていたが、挫折して、ヒーリング音楽に走る

とか

詩人を目指していたが 挫折して、駅前で甘ったるい言葉を色紙に書くようになる

とか

医学の最先端についていけなくて、挫折して、民間療法に走る(獣)医師

とか

と、なんだか同じような気配を感じてしまいます。

(しかし、こんなことばかり書いてると、患者減りますね。院長からソロソロ怒られそうです)

2012年2月21日 (火)

やんごとなきかたのしゅじゅつ

やんごとなきかたのしゅじゅつが終わりましたね。

医師団へのインタビューを聞いていると、マスコミは、さぞや緊張したのでは?という論調でのものが多かったようですね。

いつも思うのですが、手術(執刀)の緊張感と、スポーツ選手の例えばオリンピックの緊張感って何が違うのだろうと考えてしまいます。大体、後者のほうは、失敗を引き起こすものですが、前者では、まず緊張で失敗なんて、ありえないと思うからです。

小・中学高の頃は、これでもスポーツばかりやっていて、陸上で県大会へ行ったり(短距離やってました、カルビン・スミス命)、バレーボール(9人制ではセンターやってました。猫田さんに教わったこともあります。ザイチェフ、ロウヘイの時代です。)や、少年野球(セカンドでしたね。ドイ選手にあこがれてました。)で、市の大会の結構いいとこまでいったことがあります。

団体スポーツのほうは、緊張感はあまり覚えていませんが、陸上の方は、心臓がバクバクで、大体、練習以下の記録だった記憶があります。チッ!

スポーツでの心臓バクバクの緊張感は、どちらかというと、学会発表(研究発表)に近いのですが、

学会のほうは、私は、緊張感が良いほうに働き、聴衆が多ければ多いほど、盛り上がって話が止まらなくなります。

つまり、スポーツの緊張感は学会の緊張感に似ていますが、前者はプレイによろしくない効果を惹起し、後者は良いほうに働きます。手術は、後者に近いですが、心臓がバクバクいってアドレナリンが出る感じでもないです。

極めて困難な手術の緊張感・・・・・勿論、今回の人のスペシャルな手術と、私たちの動物の手術は比べようもないのでしょうが、体験的には、手術の緊張感は、良いほうに働くような気がします。まさに集中力が高まるような感じです。

動作の一部始終を見られる見られない、体のどこを使うか、あるいは、動作に脳がどう関わるか(反射神経がどの程度関わるか)によって、緊張感が生み出す結果ってまったく違うんだと思います。故に、緊張という言葉も、様々だと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

しかし、もし、今が明治憲法下だったら、どうだったのでしょうか?

昭和一桁の親父殿に聞くと、やはり、当時はカミサマだったそうですからね。カミサマにメスを入れるというのは、やはり、それは、緊張が・・・・・。う・・・・ん。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

インタビューを受けた医師団に、N先生という内科の先生がいらっしゃいました。20年前に、社会人になって民間の研究所に勤めていた頃、あの先生は、循環の研究分野ではスター(良い言葉が見つかりません)のような方でした。それ以前は、研究分野といえば、基礎系の人間ばかりでしたが、あの先生は、臨床家であり研究者でした。臨床家がこんな研究するんだ~っとびっくりした記憶があります。あの先生の話が聞きたくて、学会に参加していました(他のシンポジウムは無視して)。懐かしかったです。

おしまい

2012年2月13日 (月)

ラルク②

結局、ラルクの新譜買っちゃいました。

日本のロックバンドの新譜CDを発売日になんて買うのは、10年ぶりぐらいですね。ナンバーガール以来か・・・・。

さて、聴きましたが、

どうも私の頭の中のラルクのイメージではなかったですね。TVで演奏したXXXは、私の知るポジパン系ラルクだったと思ったのですが、新譜の曲は、とても爽やかでした。

そうか・・・・やはりポジパンならば20年もたないよね・・・・・なんて、自分の勘違いを妙に納得してしまいました。

Bye Bye - ラルク  - 

朝日がまぶしい見慣れた景色の向こうへ君は歩き出した

息を止めたって時はすぎる・・・声をあげて

無駄な抵抗はするきも無いけど

bye bye・・・・・曲調、アレンジが、懐かしいあの80年代を思い出させてくれます。曲が古いというわけではありません。Hydeさん、何歳か知りませんが、私たちと同じ時代をすごしたヒトでしょうか?なぜかとても懐かしいです。

世の40歳以上のおじさんたちは、ぜひ、Bye Bye聴いて、なつかしのパックスジャポニカの黄金の80年代を思い出しましょう!

(歌詞は合いませんが、ショートカットの美しい女性が、真っ赤な口紅を塗る・・・そこで、もう何にもいらない!・・・・みたいな、口紅の宣伝CMのBGMに合いそうです・・・・・・ベタですね)

ちなみに、ラルクに会えるチケットは、外れました。

(なお、ポジパンは、その後進化して、ゴズになってますね。がんばれ!ジュネ!)

2012年2月 6日 (月)

ラルク

ラルクをTVプログラム・music loversでみました。もうあのスタイルで20年やっているんですね~。2011年の曲を取り上げていたので、感心、感心。

ロック(ポップスも)は、詞(歌詞)の面から、2つに分類されます。

中島みゆきさん系と、松任谷ユミさん系です。

前者は、詞の出発が本人で、意思を表出するもの。後者は、時代や世代や社会や風景を客観的に映し出そうとするものです。

中島みゆきさんの歌に『ファイト』という曲がありますが、あれは、中島氏個人が内面に問いかけている歌詞です。コンサートでは比較的聴衆は静かに聴きます。おそらくあの曲を長渕ゴウ氏が作ると、聴衆は大盛り上がりでしょう。長渕氏はあの感情がなくても、同じような曲を大衆に提供できると思いますが、中島氏はそのような心のの立ち上がりが無いと書けない様な気がします(なので長渕氏は後者)。

松任谷さんの古い曲で『瞳を閉じて』という曲があります。私もこの曲を聴くと、遠い故郷を思い出しますが、彼女は東京のお嬢様。いや~、実体験がないのに、よくこんな曲書けるよなと感動します。

どちらのタイプが良いとか悪いとかではありません。聞き分ければ良いのだと思いますが、彼らの経時的な変化(売り上げ、歌詞の変化)を見る場合に、そのような分類をしてから、楽しむのも一興です。

多分

前者は、言うことが無くなったら引退でしょうし(ロックバンドの解散や、カート・コバーンのようなロッカーの自殺はだいたいこのパターン)、

後者は、歌詞が時代を捉えられなくなったら、売り上げ下がると思います。

さて、ラルクです。

彼らは後者に属するバンドです。私たちの若い頃で言う、マダムエドワルダーとか、サディサッズとか、アサイラムなどのバンドの系譜にのると思います。当時はポジティブ・パンクとか呼ばれていました。少しインテリな、デカダン好きの文学少年少女に支持されていましたが、世はバブルですからね、デカダン気取っても、(今と違って)、就職は引く手あまた!そりゃ、社会人になったら、肌があわなくなりまする。私も好きでしたが、大学の生物学のオドロオドロしさの方が歌詞の上をいくわけで、ハシカみたいに、一度かかって、二度と心にひっかかることはありませんでした。

ファンに、耽美的で、デカダンな王国を提供するのが、彼らの真骨頂です。

で、ラルクですが、

20年選手ですよね~。あのデカダンな歌詞で20年やるって、凄いですね。まさに失われた時代が故、なんでしょうかね?

- XXX - ラルク

Feel 愛しい ほどに ねぇ 感じる so dizzy

Feel 切ない 息を忘れるほど oh oh oh

ねえ 醒めない 夢へと沈めて my wish

ねえ いつか羽化して蝶になったら oh oh oh

Daring もう帰れない

・・・・・・・

ねえ、瞳 閉じたらきっとこれが oh oh oh

ラブソングに蝶と瞳を登場させるパターンは王道ですね。サナギから蝶への羽化と 醒めない夢のシンクロ・・・・王道っすね・・・・でも、40歳すぎるとちょっと、つらいな・・。

- stop girl - ミチロウ

激しい光のなかで

二匹の虫が目を焼いた

いまさら跳びたとうとは決して思わない。

stop girl

嫌だといっても愛してやるさ

この歌詞の虫は、きっと蛾ですよね。さなぎからKISSで蝶に変わるというラブソングよりも、圧倒的な世界に視覚を失い飛べなくなった蛾の例えのほうが、私は好きですね。

まあ、でも20年か・・・・凄いですね~。尊敬します。ぜひオヤジを感動させる耽美な歌詞をお願いします。

ちなみに、良く取り上げるミチロウ氏は、分類学上、前者に入ります。ミチロウ、タクロウ(吉田)、キヨシロウは、全て前者で、この三人を、日本の三大郎と言います。覚えておきましょう!キヨシロウは咽頭ガンで死に、タクロウは肺がん、ミチロウは胃潰瘍・・・・ロッカーよくかかる3大疾患ですのでこれも覚えておきましょう!おしまい!

2012年2月 1日 (水)

デフォルトで夢がない世代のJ(S)W

私達は、デフォルトで夢がない世代ですから・・・・。

新年早々おこわなれた、新進気鋭(20~30代)の評論家、哲学者、経済学者によるNHK教育のTV討論番組における、女性アナウンサーの発言です。もしかしたら、『夢』のところが、『希望』『未来』だったかもしれません。

私が高校時代にショックを受けた曲に次のような歌詞があります。

- マイザー - 遠藤ミチロウ

何にも思わずに ここまで来たけれど このまま許されずはずはないから

今に何か 嫌なことが 不吉ななにかが 必ずおきる

昨日届いた 手紙の中から 

象牙と唇のウソが入っていたんだぜ

黒くよどんだ 血のりの中で 

お前の幸せが みるみる萎えいでく

どうせここまで きたのだからと

ことは始まり ことは終わる

はき捨てることも あきらめることも 腐っていくことも 許されちゃいないのさ

(うううう~ん、ソラで歌詞が出てくるな・・・・・・・・・)

この歌詞をみて、嫌な感じがしたヒトは、今、(比較的)幸せな人です。だからこそ、今に何か 嫌なことが 不吉ななにかが 必ずおきるという歌詞に、気持ちが悪くなります。当時の私もそうでした。まさに、何も考えずに高校生になって、幸せなときをすごしたんですね。だから、ショックをうけたんですね。

そのフレーズをうけてそれ以下の歌詞は、私が高校生の当時想像していたその後の人生を、とてもよく表現している・・・・やっぱりそうだよねっ・・・・てな、歌詞です。人生ママならないですからね。

はき捨てることも あきらめることも 腐っていくことも 許されちゃいないのさ

ここの歌詞で、色々な人間関係を含め現実を生活者として生きなきゃいけないんだな~って、強く意識したもんです。予定調和的なばら色の未来なんて無いぜ!ってことですね。

既に中学時代に『No future for you』と笑いながら絶叫するジョニーロットンや、『No more heroes』とシニカルに歌うジャンジャックバーネルに既に脳みそをかき回された私は、ミチロウの歌で、何かが崩れ、そして何かが立ち上がりました。その何か・・・は、なかなか言葉にはできないのですが、『夢』とか『希望』とか『未来』とか言った言葉から最も離れた言葉ばかり追い続けて、今があるような気がします。

(獣医業界の未来・・・・そんなのどーでもいいよ!ボクサー心筋症の最新治見のほうが重要だぜ)

『夢』とか『希望』とか『未来』とかいうのは、為政者やマスコミの言葉で、いつだって若者や生活者には、そんなもん、関係ねーよって、思いませんか?

数日前に、私たちの少し後の世代のロッカーで、ロックをポップスにしたビートパンクバンド・JSWの再結成のTV番組を観ました。

そこで演奏されたのは、当時流行した曲でした。

- Start -J(S)W

この時が永遠に 続くかもしれない

今までも明日も 君といる

夢を見ていたね 僕も同じ夢を観た

START START これから始まる

新しい日が来た2人のSTAT

バブルで浮かれていた当時、確かにこの歌は売れました。そして私は、というと、このようなタイプの曲は、やっぱり、どうも違うんじゃないか・・・と感じてました。

今は、NHKの才色兼備の女性アナでさえ、『夢がない』って言う時代です(もしかしたら、反感を買わないように計算された発言かもしれませんが)。

今の若者は、この曲をどう思うんでしょうか?

そしてJSWは、どういう意識でこの曲を歌ったんでしょうか?

新曲歌えよ! 新曲を!

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